BDA GALLERY 2

2017/02/22

けど。

West Los Angeles, CALIFORNIA

最近、雨のせいもあって朝晩曇っていることが多かったですから、
いつもの時間の空が、いつも以上に明るい気がして。

アレ、ずいぶん日が延びたなぁ!?と。

いつが冬至だったか調べてみると、
昨年の12月21日だったようで。

そうなのっ!?

年末のこの時期はバタバタしてることが多いですからね、
気にかけてもいませんでしたけど、ゆず湯も入り忘れましたけど。

冬に至るって書きますから、
なんとなく1月ぐらいかと勝手に。

随分早いのね。

来月には夏時間に変ります。
仕事終わりに体を動かせたらいいな!なんて思ってみたり。

ここ五年ぐらい思っていたりするんですけど . . . 。

2017/02/20

長過ぎね!


















新しい受付に合わせて、前から欲しかったのがこれ。
オーダーしてから5週間かかりましたね。座面の色がこだわりです。
今までここには椅子らしい椅子がなかったですからね。
奮発しました。座り心地は抜群です。

ということで、ほぼほぼ内装工事の方も完了。

と言いたいところなんですが、もう少し掛かりそうですね。
6月にインテリアデザイナーと打ち合わせだのなんだのと、
記事にしていましたから、もう8ヶ月。長過ぎね!
頭が痛いです。どうしてこういうことになってしまうのか。

開業時もそうだったのですが、この手の業者とはソリが合わんですな。
どうもすんなりと上手くいかない。今回は期待していただけに残念。

出来映えは悪くないんですが、対応ですね。
ツッコミどころが満載で、せっかくのいい仕事も感動が薄れてしまいますね。

さて、どうしたものかと。

2017/02/17

例年

今日のLAは朝から雨。明日も雨予報。

今年は雨が例年以上に多いですね。
しかもパラパラではなく、音を立てて降っています。

アメリカに来て、一度も傘を買ったこともなければ、
いつ差したかも覚えてないぐらいですが、
今年は傘があったらいいな!と思う事が何度かありましたね。

例年になく雨の多い年は、例年になくいいんじゃないかと、
今から楽しみにしている事がありますね。
春までもう少しかかりますが、今から期待してます。

ブルーとオレンジのコントラストを。

2017/02/14

スポーツモード


















Rancho Palos Verdes, CALIFORNIA

この週末の日曜日は、久しぶりに朝からスカッと晴れましたね。
ということで、先週末からの喉の痛みもすっかり良くなり、
以前記事にもした歯科技工所の社長さんと、数年ぶりのツーリングに。

今回はバッテリー上がりのトランザムに代わり、BMWで。

海まで抜ける峠道をスポーツモードに切り替え、アクセルを踏み込む。
クイックになったハンドリングと足回りが路面をとらえる。
コーナーを駆け上がり、登りきったその先の高速コーナーで一気に加速 . . .

と、目の前に広がる大海原。

アクセルを戻し、ワインディングロードをゆるりと流してきました。
目に前に広がる絶景。最高に気持ちが良かったです。

ということで、海沿いの世界一眺めのいいと言われているスタバへ。
その後は、例のごとくすっかり話し込んでしまいましたね。

雨が続いていたんで、久しぶりの日差し。充電完了です。

2017/02/13

頑張りなさい!


















I-405 South

歯科医院を辞める時は、かなり前もってその旨を伝えてありましたね。
理由は、アメリカに行きたい!と思ったから。
まだ何も決まってはいませんでしたが、心の中でそう決めたから。

恐らく止められてもその思いは変らなかっただろうし、
やりたい事への犠牲は、すでに払っていました。

辞める1年も前だったと思います。

そして、この恵まれた環境を引き継いでもらえる後任をと、
辞めるにあたり、できるだけ歯科医院には迷惑をかけないよう、
母校でもあった専門学校へご挨拶も兼ね出向き、頭を下げたのを覚えています。
学校側から紹介されたのは、春にも卒業予定の優秀な学生さん。

これで安心して3月いっぱいで辞める事ができる。

年をまたぎ1月。3月いっぱいでの退職、引き継ぎの報告もかね、
新年を迎えたばかりの院長室をノックした。

そうか、いいじゃないか。

院長先生のその言葉は、想像していたよりもあっけないものでしたが、
経営者となった今の自分なら、少しわかる気もしますね。

必ず帰って来い!と言われていたなら、
若かった自分は1年後、またそのドアを叩いていただろうか。

もうダメだと思った時、帰る場所がそこにあると思えば、
志し半ばで日本に帰国する事も容易くできただろう。

都合のいい言い訳を土産に、自分を甘やかし、
あの楽しかった場所に居場所を求めてしまっただろうか。

米国で掴めたかもしれないチャンスでさえ、
帰らなければ!と思い悩んでしまったかもしれない。

しがらみでダメにならないように。

短い間でしたが歯科医院での数年間、研修に参加する為の費用や、
渡米決断後の各週末コースでさえ、費用の一部を負担していただき、

期待されていたのは十二分に感じていましたね。

決意の上、去る者にとって、期待ですら負担に感じる事があるということ。
ましてや、後ろ髪を引いてしまうような言葉など、必要ない。
その部屋を出る直前、背中越しにかけられた言葉がいまでも心に残る。

頑張りなさい!

小さな声でしたが、はっきりと。
締まり行く扉にはばかれその表情まではわかりませんでしたが、
それが院長先生の優しさだったんだと気が付くまでに、

少しばかり時間がかかってしまいました。

無礼ゆえ疎遠になっていますが、本当に感謝していますね。
自分のルーツはここにあると信じています。
ここでの4年間があったからこそ、今の自分があると。

職人の道は、なかなか満足する事のできない、悩ましい道。

納得のいく歯を作れるようになるにはまだ時間がかかりそうですが、
その時にはまた、その扉をノックし、頭を下げれるように。

頑張りますよ。

2017/02/10

未来は自ら変えられる


















Downtown LA, CALIFORNIA

前回の続きになりますが、アメリカに来るまでのお話です。

専門学校を卒業し、歯科医院へ就職。
しばらくしてからですね。なんとなく分かった気になって、
この仕事を続けていく自信を失いかけたことがあります。
仕事が辛いとかそういうことではなく、この仕事の未来への不安。
今騒がれているような、この業界を取り巻く多くの問題は、

当時からありましたから。

同年代の仲間が、それぞれカタチを作り始め、
何だか、だいぶ遅れをとった気がしていましたね。

仲間とは切磋琢磨し . . . なんて、思っていましたが。

刺激と感じられたのは、その背中の熱気を感じられている間だけで、
遥か見えなくなってしまったその背中は、追いかけることさえままならず。
傍らで傷を舐め合うように励まし合っていた仲間達ですら、
気が付けば違う道へと進むことを選び、

ひとり。置いていかれた気がしていました。

その歩みを止め、それらしい言い訳の言葉を思い付くだけ並べ、
この道を進み続けることを諦めかけていたちょうどその頃、
社会人となり3年目辺りでしょうか、

大型、普通自動車二種とフォークリフトの免許を取っておこう!

そんなことを考えていた自分がいましたね。
歯科技工の道を諦めた自分が、まず食う為の働く糧が欲しかった。
結果から先に言うと、免許は取らなかったのですが。

そんな揺れ動く若き歯科技工士の心を感じていらっしゃったのか、
当時勤めていた歯科医院の歯科医の先生方には、
仕事帰りに毎日のように食事に連れて行っていただましたね。
励まされ、勇気づけられ、尻を叩かれ、共に熱唱し、時には朝まで。
飲んで歌って忘れてしまえ!とばかりに。気が紛れていたのでしょう。

当時の自分はそこに救われていましたね。本当に感謝しています。

今思えばちょっと年の離れたすごく出来のいい兄貴達のような存在で、
出来の悪い弟としてはただただ甘えてばかりいましたね。
そんな兄貴のような先生方からのアドバイスもありましたし、
なにより、励まされ、驕られっぱなしの自分は何がお返しできるのだろうか、

歯科技工士として。

大型二種等の免許費用を、今一度、歯科技工に突っ込んでみました。
ヨーロッパは学生時の研修旅行で行ったことがありましたし、
アメリカで修行、院長先生のあの言葉が自分の中にありましたから、
行ってみたい!その下準備として、まずポーセレンを勉強しよう!と。
国際デンタルアカデミーとクワタカレッジを立て続けに受講しましたね。
歯科医院に勤めながらの週末通いでしたが、

アメリカで働く為の十分な自信となりました。

初めはアメリカでの就職希望だったのですが、
たまたま紹介されたのが、UCLAへの留学。
国際デンタルアカデミーでの恩師からの勧めもあり、
インプラントを勉強するための留学を決意しました。

2000年、ミレニアムな年に単身渡米です。

ということで、アメリカに来るまでを長々とご紹介しましたが。
今、言えることはとても恵まれていたということ。
そのような環境が、選択肢が、身近にあったということは、

運が良かったと言えます。

そして今の自分だから、運が良かったと思えているということ。
当時、それを自覚していたかというと、そうではないんです。
結果論でしか言えないのが歯痒いのですが、

未来は自ら変えられるもの。

アメリカの大学から送られてきたのは見慣れない英文書類。
その厚さに心折れていたなら、何も始まっていなかったでしょうね。

結局、歯科技工の道を諦めていたかもしれません。そういうことです。

2017/02/09

たわいもない一言


















LAX Tom Bradley International Terminal, CALIFORNIA

海外を意識したのは、とくにアメリカを意識したのは、
一番最初にお世話になった歯科医院の院長先生からのたわいもない一言。

専門学校を卒業し、都内の有名な歯科医院に勤めて数日後、
スタッフ全員によるたった一人の新入社員のための歓迎会が盛大に行われた。
社会人となり右も左も分からない自分が緊張しながら一言挨拶を終えると、
院長先生が真向かいの一番奥の席から。

「君は今いくつだ?」

「二十歳です。」

「そうか、若いなぁ。君は若いんだからアメリカに行って修行してきたらいい。」

「えっ! あっ、はい。」 アメリカ? 

私、主役ですよね、本日の。
あろうことか、先程ここで唇を振るわせながら頑張る!と宣誓したばかり。
腰が砕けるような思いで着席したのを覚えていますね。

当時はまだ終身雇用なんて当たり前の時代でしたし、父もそうでした。
勤続年数が誇りになるようにと、そう背中を押されて飛び出した社会。
まだ石膏すらろくに盛れない有り様を見て、修行してこい!
そう言われたものだと。なんだかいきなり見放されたように感じ、

軽くショックを受けた二十歳の夜。

お酒でほんのりと頬を赤らめた院長先生がどの程度本気で言ったのか、
たわいもない一言だったのか、当時の私が知る由もないのですが。
アメリカで修行。その言葉がどこかに残っていたのでしょう。

アメリカってそんなに凄いのか?素朴な疑問でした。

でも、その一言が無かったらまったく意識しなかっただろうし、
それからの私が雑誌等で目にすることとなる著名な歯科技工士の方々は、
海外を経験しておられる方が多かったのも事実です。

あの一言が無かったら . . . と。

院長先生には今でも心から感謝していますね。

そしてそんな素朴な疑問も、
5年後には目で見て、肌で感じることとなる訳です。